GS Grand Seiko

PRODUCT STORY 1スプリングドライブに、
命を吹き込む。

腕時計のムーブメントは、10ミクロン単位で精密加工された部品で構成されている。もちろんそれは、ただ極小の塊であるだけでなく、正確な時を生み出し、それを正しく表示するために、ひとつひとつの部品が有機的に連関し、生命のように動いている。直径3㎝ほどのその小宇宙はどんな人々によって組み立てられているのだろうか。かつて諏訪精工舎(現セイコーエプソン)の時計師たちは1968年のジュネーブ天文台クロノメーターコンクールの「腕クロノメーター部門」で、機械式時計としては1位から7位までを独占する偉業を達成した。設計はもちろん、その高度な調整技術に世界は驚いた。今回の主役は、その後輩にあたる3人の時計師である。

相馬弘希(手前)、鷲美香織(後列左)、村山俊(後列右)。3人とも「匠工房」に所属し、ムーブメントの組み立て、外装の組み立てなどを行う腕時計技能士である。

技能五輪という、さまざまな分野のものづくりに取り組む職人技の競技会がある。その国際大会にはかつて時計部門があり、セイコーエプソンに所属する時計師たちが5大会連続で金メダルを獲得したことがある。参加国の減少などが理由で国際大会から時計部門はなくなったが、国内大会では近年「時計競技」部門が復活、継続的に行われている。相馬弘希は、2015年の技能五輪全国大会で金賞を受賞した若き時計師である。髪の毛より細い「ほぞ(歯車の軸)」をピンセットでつまみ上げ、ムーブメントの所定の位置に置くといった細かい作業を続けるのだから、なにより手先の器用さが重要で、それをテストすることで競技者を選抜しているのかといえば、そうではなかった。「200人ほどの新入社員の中から、技能五輪時計部門にチャレンジすることになったのは自分ひとりでした。とくに器用だったわけではないです。自分では記憶していないのですが、作業が終わった時、残った部品の片付け方に工夫があった、と聞かされました」と相馬はいう。まずものづくりに興味があるか、そしてその過程に自分なりの工夫ができるかどうかで人を選んでいるのだ。

組み上げ途中のスプリングドライブムーブメント。コイルや輪列が複雑に空間を埋めている。この後、各歯車を固定する「受け」や回転錘などが取り付けられる。

なぜ腕時計を組むのに「工夫」が必要なのか。精緻な部品を間違いなく組み上げていく根気と集中力では不十分なのか。相馬と同じくセイコーエプソンの「匠工房」に所属する一級時計修理技能士である鷲美香織はいう。「ひとつひとつのパーツはとても高い精度でつくられていますが、組んでいくとどうしても、部品同士の相性があります」。歯車と歯車が隙間なく噛み合うと、歯車は回転できない。回転するためには適正な隙間が必要で、それを「ガタ」、「あがき」と呼ぶ。スプリングドライブは「トライシンクロレギュレーター」を基本とする複雑なメカニズムで動くため、その調整は重要な仕事である。「問題の箇所の反りなどをピンセットで調整できる場合もありますが、ムーブメント全体と関わるため、ばらして他の部品の調整も必要となる場合があります」。ここに、時計師としての工夫と勘が必要となる。では、それを養うものはなんだろうか。

スプリングドライブ組み立ての第一人者である鷲美は、スプリングドライブを担当し、その革新的な機構と精妙なメカニズムに魅せられたという。彼女はそれを「時計愛」という。知識も努力も必要だが、ムーブメントへの敬意があるか。そこに生命を吹き込みたいという思いはあるか。時計師として成長するかどうかの鍵は、そこにあるらしい。

入社してすぐにセイコーエプソンの技術技能センター(現:匠工房)に配属された村山俊は「新人の頃は、自分では教えられた通りに組んだつもりでも動かないことがあります。その解決法を先輩たちに聞いて回ることがよくありました」という。しかし知識も増え、腕を磨くうちに、ふとなにが問題なのか、どこをどう調整するべきなのか、自分でひらめくようになっていく。