GS Grand Seiko

PRODUCT STORY 1なぜ、ザラツ研磨が必要なのか。

1960年代後半に当時グランドセイコーを手がけていたデザイナーによって、「セイコースタイル」というデザイン文法が生まれた。当時、スイスの天文台が行う精度コンクールで上位を占めるようになっていた日本の腕時計を、精度だけでなく、意匠と完成度においても、燦然と輝くものにするためである。その美学を最初に体現したのは、67年に発売された44GSと、その翌年に発売された61GSというふたつのグランドセイコーだった。それぞれ当時の第二精工舎(現セイコーインスツル)と諏訪精工舎(現セイコーエプソン)でつくられた機械式のグランドセイコーの歴史的名品として知られている。

平面を主体としたデザインで、その面を歪みなく、超鏡面に磨き上げる。インデックスや針も平面部の面積を多く取り、わずかな光でも時刻を読み取りやすくする。デザイナーは製造現場に足繁く通い、そこで何が可能なのか、当時の職人たちとともに模索した。何度も試作を繰り返した結果生まれたセイコースタイルは、グランドセイコーを担当するデザイナーに受け継がれてきた。といってもそれは、デザインを縛る枠ではなく、デザインの目的と方向を指し示す方位計である。ひとりひとりのデザイナーは自分の方法論と美学でセイコースタイルを解釈して、新しいグランドセイコーをつくる。

セイコーエプソン「信州 時の匠工房」に所属するザラツのスペシャリスト、黒木友志(左)と筋目つけのスペシャリスト牛山貴博(右)。

セイコースタイルのグランドセイコーである以上、仕上げに共通の高度な職人技を必要とするが、そのひとつが「ザラツ」である。鏡面仕上げや筋目つけの下地となる「超平滑な面」をつくる研磨工程だが、セイコースタイルのように、面と面が鋭い稜線で接している場合は特に欠かせない。鏡面に仕上げる「バフ掛け」工程は、その過程でどうしても稜線の「角」を丸めてしまう。そこで、このバフを掛ける時間を極力短くして、シャープな造形を維持するために、どうしても必要なのがザラツなのである。

グランドセイコーのケースはまず、NC(自動切削加工)か冷間鍛造のいずれかで成形される。彫刻のように彫り出すか、数百トンの力でプレスするか、の違いである。かつてはこの工程の精度が高くなく、バリ取りなどが必要だったが、技術の進化によってその精度は飛躍的に向上した。しかしやはり、この後の工程におけるクラフトマンの名人技なくしてケースは完成しない。次に板がけ研磨や粗バフをかけ、ケース表面の凹凸をならす。その次がザラツだ。

ザラツでは、回転する円盤の中心部と外周部ではケースを押し当てる時間を変える必要があり、これも難しさのひとつ。違いを感覚として身体で覚えなくてはならない。

「ザラツ」とは、かつてスイスにあった工作機械メーカーの名前で、そのメーカーが製造していたある種の研磨機を使う工程そのものを、日本の研磨職人たちは「ザラツ」と呼んでいる。研磨紙を貼り付けたアルミの円盤を回転させ、その側面ではなく、正面にケースの研磨面を押し当て、動かす。この工程で金属面を超平面に形成するのである。その後、仕上げバフで鏡面に磨き上げるわけだが、ザラツの工程を欠くと、鏡面には仕上がるものの、どうしても歪んだ面になってしまう。ザラツの仕上げの良し悪しは、回転する円盤に押し当てるときの力の強弱、その時間、スライドさせる速度などの要素の組み合わせによって決まるが、それらはすべて研磨職人の手の感覚によって左右されるのである。

信州 時の匠工房内にある「ケース工房」のザラツのスペシャリストである黒木友志は言う。「ザラツで難しいのは、バランスを取ることです。ある部分はよくできていても、かん足の面の形状が左右で微妙に違ってしまうことがよくあります。だから部分部分を丁寧に研磨するだけでは駄目で、むしろ押し当てる力を強めて、全体を見ながらスピーディに仕上げなくてはならない。かつて自分もそのコツを身体に覚えさせるために何カ月もかかりました」