GS Grand Seiko

PRODUCT STORY 1美しい心臓をもつ、
美しいグランドセイコー。

1999年に生まれたスプリングドライブは2019年で二十歳になる。20年前に初代ムーブメント開発チームを率いた高橋理を再びリーダーとして、2種類の手巻スプリングドライブ・ムーブメントを搭載したグランドセイコーが発表された。

そのテーマは明確だった。持続時間、正確さ、見やすさ、品格、耐久性、耐衝撃性、なにひとつ犠牲にせず、よりコンパクトなムーブメントを開発し、腕になじむ、美しいグランドセイコーをつくろうというのだ。高橋はまず持続時間を確保するための新機構の開発に取りかかる。デュアル・スプリング・バレル。動力源であるぜんまいをひとつの香箱にふたつ内蔵することで、持続時間を長くする。このコンパクトなムーブメントにはふたつの香箱を収めるスペースは確保できないし、ふたつ以上の香箱ではどうしてもエネルギーのロスが発生してしまうからだ。

そして新しいスプリングドライブキャリバー、9R02と9R31が生まれる。9R02にはデュアル・スプリング・バレルだけでなく、トルクリターンシステムという高橋が発明したもうひとつの機構も組み込まれた。9R02はマイクロアーティスト工房で、9R31は匠工房でつくられるという違いはあるが、両者は兄弟であることに変わりはない。

手巻スプリングドライブモデルの開発を率いた高橋理(左)と星野一憲(右)。高橋はエンジニア、星野はデザイナーだが、ともに担当領域を超えて時計づくりに取り組む「時計師」である。

ところで高橋は、この機会にあることを目論んだ。マイクロアーティスト工房のメンバーは名人クラスの時計師たちだが、そこで培われた技を、技能五輪のメダリストも働く匠工房の時計師や部品製造を担当する技能者たちに継承してもらおうというのだ。1年間のプロジェクトを通じて、両工房のメンバーたちと具体的な技術を煮詰めていく。一流の腕時計は、美しいムーブメントを内に秘めている。高いスペックを実現すると同時に、工芸品の美しさを併せもつ兄弟ムーブメントをつくるために、高橋は時計師や技能者たちを鼓舞したのだった。

左がマイクロアーティスト工房によるキャリバー9R02、右が匠工房で組み上げられるキャリバー9R31。それぞれ固有の美しさをもっている。

デザインを担当した星野一憲は、手描きの線でイメージを伝える。コンピューターでデザインすると「機械的な匂いのする造形」になってしまうので、技能者たちと試作を繰り返しながら意見を交わし、現場で加工することで最終的な意匠に収斂させていくのだという。星野にとって、今回のデザインのテーマのひとつは「自分のためにつくられた、と思ってもらえる腕時計」だった。この時計のラグ(かん足)は、曲面で構成されている。シンプルに見えるが曲率は一様ではなく連続的に変化している。「卓上に置くのではなく、自分を含めていろいろな人の手首に試作品を載せてみる。それを繰り返し、やっとこのかたちが決まりました」と星野はいう。手首の太さの違いを超えてしっくりなじむかたちにたどり着くまで、一切妥協しなかった結果が、このデザインということになる。

この曲面を歪みなく鏡面に磨き上げるためにザラツ研磨が必要になるが、平面へのザラツとはまた異なり、高度な技を研磨の技能者たちに要求する、いままでにない工夫が必要だった。

高橋は星野にデザイン上のオーダーをひとつした。それは、このムーブメントをできるだけ見せること。手巻で、パワーリザーブ表示も裏にあるので、持ち主は時計の裏を見ながらりゅうずを巻くことになる。その時にただムーブメントが見えるのではなく、数百の部品を固定する「受け」の全体が見えるように。それは時計師たちの卓越した技を、りゅうずを巻き上げるたびに堪能できるようにする、という意味だ。美しいムーブメントをもつ美しいグランドセイコーが生まれるまで、そこに注ぎ込まれた高橋、星野を含む時計師たちのエネルギーの総量を想像すると、思わず気が遠くなる。