more about Caliber 9S【キャリバー9Sを読み解く】

職人は指先で金属と「会話」している。
職人は指先で金属と「会話」している。

研磨機と研磨剤も、自分でつくる

ザラツ研磨は回転する円盤の正面に研磨面を押し当てるが、円盤の中心部と周辺部では同じ回転数でもその速度は異なる。その微妙な違いを感じ取りながら、研磨面をデザインに倣って滑らかに移動させるには熟練の職人技が求められる。この加工に使われる研磨機は半世紀以上前にスイスの「ザラツ兄弟社」から輸入されたものが原形だが、今日現存するものは既になく、自製の研磨機に置き換わっている。かつてのマシンを進化させ、回転数を無段階に設定できるようにするなど、ハイスペック化が図られている。また、超微粒子を配合した研磨剤も試行錯誤を繰り返しつつ、ステンレススチールやブライトチタンに適した、独自に配合したものを使用している。

先端技術と職人技が融合した造形美。
先端技術と職人技が融合した造形美。

金属塊が、ケースになるまで。

キャリバー9Sが搭載されるケースは、まず300トンのプレスマシンによる「冷間鍛造」で成形される。といっても一度のプレスではなく複数の金型を使い分け、1000度を超える熱処理を繰り返しながら、徐々に細部をつくっていく。次がCNC(Computer Numerical Control=コンピュータ数値制御)マシンによる切削加工で、金属彫刻を機械で施す工程といってもいいかもしれない。鍛造成形されたケースを精密加工することで、その表面約0.1ミリを「剥く」。最後が研磨の工程であり、デザインにもよるが、この研磨だけで50工程ほどあるという。研磨工程の最後から二番目に位置するのが、ザラツ研磨による鏡面の下地づくりである。

特別仕様の限定モデル(2014年)。
特別仕様の限定モデル(2014年)。

「小さな針」部門賞というニュース。

2014年10月。グランドセイコー メカニカルハイビート36000GMT限定モデルはジュネーブ時計グランプリ「小さな針」(“La Petite Aiguille” プティット・エギュィーユ)部門賞(8,000スイスフラン以下の時計を対象とした部門)を獲得した。キャリバー9S86を搭載したこのモデルは同年に「現代の名工」に選出された小杉修弘によってデザインされたが、ムーブメントの組み立ては岩手、ケースの製造は福島だった。ふたつの工場はいずれもその3年前の東日本大震災で被災していた。このジュネーブ時計グランプリ部門賞受賞というニュースは、困難な状況を乗り越えた復興を祝す世界からの声援として、職人たちの胸に刻まれた。