自分が納得する状態を求め、いいと思うものはとことん追求する
—— STUTS(トラックメイカー)
国内外でのライブ活動を中心に、自身の作品や楽曲プロデュース、TV・CM音楽制作等を行うトラックメイカーのSTUTS(スタッツ)さん。2023年6月には初の日本武道館でのワンマンライブを成功させるなど、ますます活躍の場を広げている。制作に関してかなり細かくこだわるといわれる彼が、音楽をつくる上で大切にしていることとは? 音楽機材とレコードが所狭しと溢れるプライベートスタジオで話を聞いた。
Photos: 清水将之(mili) Masayuki Shimizu
Words: 新谷洋子 Hiroko Shintani
進みたい道に忠実でありたい
東京都心に近い住宅街の一角、外からは特段目立つところはない一軒家に、STUTSさんのプライベートスタジオがある。「自分がやっていることはクラフトマンシップという言葉にすごくつながる気がします」と話す彼にとっては、隠れ家的な工房にあたるのだろうか。時間を気にせずに曲づくりやレコーディングに打ち込み、多くの人を魅了する作品群を生み出してきた場所だ。
「僕は曲をつくるだけじゃなくて、ミックスダウンという、音の細かい調整までを手がけているので、なんとなく彫刻をしているような感覚があります。実際に彫刻を経験したことはないのですが(笑)。ラフにつくった曲が石だとしたら、それを細部まで彫っていって、そうすることで全体が洗練されていくような感じです」
そんなSTUTSさんの音楽的ルーツは、小学生の時から夢中になったヒップホップにある。当初はラッパー志望だった彼は、ラップを乗せるためのトラック——つまり、インストルメントにあたる曲を高校時代につくり始め、それ以来、今も愛用しているMPCというサンプラーを用いた作業にのめり込んだという。サンプラーは、多数の音源を取り込んで加工を施し、自由に曲を構築できる機材だ。そして、まだ会社勤めをしていた2016年にファーストアルバム『Pushin‘』をリリース。当時、自分が望んでいた仕事ができず転職を考えていた彼は、アルバム発表を機に音楽活動に専念しようと決意する。
「音楽で生きていくことは叶わないだろうなと思っていた夢だったので、挑戦するなら今しかないと感じて会社を辞めたんです。進みたい道に忠実でありたいなという気持ちは以前からあったし、自分が納得している状態を常に求めているのかもしれないですね。自分が納得した作品をつくって発表して……。そういう意味で、“これがいい”と思うものはとことん追求したいし、それがわりとできている今の状況はすごく恵まれていると思います」
自分が求める音楽によって伝わるもの
実際、STUTSさんは18年に『Eutopia』、22年に『Orbit』と、多数のゲストの参加を得た2枚のアルバムを送り出してファンを着々と増やし、音楽的な進化を遂げて、メロウで心地よく耳に馴染むサウンド表現を確立。最近では自らベースやキーボードを弾いたり、ラップをしたりといった試みも取り入れて、曲をかたちづくっている。まさに手仕事で、耳に触れる音の感触、メロディの抑揚、身体を揺らすグルーヴの強弱といったディテールにこだわり抜いて。
「こうした表現手段の広がりは自然に起きました。どちらかと言えば、いかにもデジタル過ぎるサウンドよりは、あたたかい音像(おんぞう)や人間的なグルーヴが感じられるもののほうが好きで、そういう曲を多くつくってきた気がします。だから自ずと、自分で楽器を弾いたりする方向に展開したのかもしれません。まだ自分が欲しい音を出せるほど巧くはないですが、このヘナヘナな演奏にも味があるのかなって(笑)」
同時に、曲のプロデュースやリミックスなどさまざまなかたちで、多彩なアーティストと共作・共演する機会が増えてきた。「言葉で何かを共有しなくても、音や歌でやり取りをしながら、お互いにとって一人ではできなかったものがつくれる。それが自分にとっていいコラボレーションのかたちですし、ほぼ毎回そういう結果になりました」。最新シングル『Two Kites』ではタイのバンドYONLAPAのボーカル、Noi Naaと共演。海外アーティストとの仕事も珍しくない昨今、言わば、日本のクラフトマンシップを介したSTUTSさん独自のヒップホップを世界に発信している。
「自分の音楽に日本人らしさがあるのか自覚はしていませんが、日本のクラフトマンシップにはこまやかな気遣いだったり、独特の感性や環境、そして昔から続く考え方が反映されているはず。海外の方が聞いた時、そういった日本らしい何かが僕の音楽から伝わっていたらうれしいですね」
音楽をつくる楽しさと骨太のマインドは不変
2023年6月には初めて日本武道館での公演を成功させ、ステージパフォーマーとしての評価も高まっているが、音楽をつくるモチベーションはずっと変わっていない。「つくっていて単純に楽しいし、いい曲ができたらすごく幸せだということが一番大きいですね」。ヒップホップという軸も揺らいでおらず、「違うジャンルの曲をつくったとしても、根っこにはヒップホップのマインドがある」と話す。
「ビートの質感もそうですし、骨太な感じと言うか、“これ、カッコイイだろ!”と、バーンと突きつけるようなマインドですね。それほど自分に自信があるわけでもなく、もっと頑張らなきゃいけないなとも思っているんですが(笑)、そういう意味では曲づくりもライブも同じマインドで取り組んでいます。だからこそ、ここまで続けられたんだと思いますし、今後もそうあり続けるでしょうね」