明日のメイドインジャパン vol.12

熟練の職人が品種の個性を引き出す、シングルオリジンの日本茶
—— ブレケル・オスカル(日本茶インストラクター)

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日本茶好きが高じてスウェーデンから来日して「日本茶インストラクター」の資格を取り、さらに外国人として初めて「日本茶手揉み教師補」の資格も取ったブレケル・オスカルさん。マルチリンガルの日本茶専門家である彼は、国内外で煎茶のセミナーや講習会を開催し、日本茶の魅力を伝え続けている。また、2020年にはシングルオリジンの煎茶(単一の産地や品種で生産された煎茶のこと)を豊富に揃えるティーブランド「SENCHAISM」を設立。「煎茶の魅力を世界に広めることは、仕事というよりも生き甲斐であり、ライフワークです」と語るブレケルさんに、日本茶の魅力と、自社ブランドの煎茶づくりに対する想いを聞いた。

Photos: 齋藤誠一 Seiichi Saito 
Words: 小松めぐみ Megumi Komatsu

スウェーデンの青年が日本茶に惹かれた理由

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ブレケルさんが注目するシングルオリジンのお茶は、静岡県の安倍川上流域で多くつくられている。写真は800年前から生産されている日本茶「本山(ほんやま)茶」の産地のひとつである、静岡市玉川地区の茶畑。この地区は山に囲まれているため朝夕に霧が生じて茶畑を覆い、お茶に濃厚な旨みがもたらされる。

自身の日本茶ブランドをもち、日本茶の魅力を国内外に紹介する活動を続けているブレケル・オスカルさん。日本茶を飲むようになったのは、高校生の時に世界史の授業で日本に興味をもったからだという。

「戦国時代の武将が夢中になった茶の湯のわびさび文化に惹かれた際、“茶室”というお茶を飲むための専用の部屋がつくられたことが不思議で、真意を知りたくなりました。でもすぐに日本に行くことはできなかったので、お茶を飲むようになったのです」

ブレケルさんが初めて日本茶を飲んだのは、スウェーデンにいた18歳の時。当時は日本茶の淹れ方を知らず、買ってきた日本茶をティーポットに入れて熱湯を注いで飲んだため、苦渋味が強すぎていい印象ではなかったという。それからいろいろと試行錯誤を重ね、偶然うまく淹れることができた時に、初めて日本茶を美味しいと感じたのだとか。

「森林に入ったような爽やかさを感じたんです。まるで湯呑みの中に森が入っているような清々しさで、自然そのものをいただいているように感じました」

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茶畑で園地の状態を確認するブレケルさん。すぐ近くには令和元年に仲間とともに種を蒔いた畑もあるという。「お茶の木には自家不和合性という性質があり、同じ品種同士では結実しません。種を蒔くと違う個体ができてしまうので、特定の品種を増やしたい時は挿木にして増やすのです。私たちが種を蒔いたお茶は品種登録されていないので名前がまだありませんが、収穫したらシングルオリジンのお茶として味わいたいと思っています」と教えてくれた。

その後、日本でホームステイをしていたブレケルさんが驚いたのは、街に日本茶を飲めるカフェが少なかったこと。日本人はどうしてカフェでコーヒーや紅茶を飲み、日本茶を飲まないのか?という疑問を抱き、もっと日本茶が見直されてほしいと思うようになったのだとか。そして日本茶インストラクターという資格があることを知って、日本茶の専門家になる決意をしたのだという。スウェーデンの大学に戻り、日本語で日本茶インストラクター講座を受けるために日本語学科に編入したブレケルさんは、留学を経て日本企業に就職。2014年に日本茶インストラクターの資格を取得してからは、日本だけでなく海外でも日本茶を紹介するイベントなどを開催している。

「海外では日本語以外の言語で日本茶の情報を入手することが難しいので、日本茶に興味があっても情報にアクセスしにくい状況です。私はぜひこういう状況を改善したいのです。お茶は、一緒にいただくことで年齢、性別、国籍、宗教などを問わず、人と人の間に繋がりができる飲み物ですから」

日本茶が好きすぎて日本に引っ越したマルチリンガルな日本茶インストラクターは、海外にも自分と同じように日本茶が好きな人がいるはずだと確信しているのだ。

世界に広めたい日本茶の魅力とは

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ブレケルさんが愛用している鮮やかなブルーの急須は常滑焼の名工・磯部輝之作。印花模様は本体にハンコを押してつけられている。「炻器(せっき)の急須はお茶の渋みや苦みを吸着してくれるので、この急須でお茶を淹れるとまろやかな味わいになるんです」とブレケルさん。

ブレケルさんはさらに、外国人として初めて「日本茶手揉み教師補」の資格も取得。「手揉み茶」とは、日本茶の製造工程の中の「茶葉を揉む」作業を、すべて手作業で行ってつくるお茶のことだ。「手揉み茶」は現在はあまり流通していないが、茶葉を揉む技術はブレケルさんのような資格をもつ人々によって伝承されている。一体どのような技術なのだろうか?

「お茶の葉の揉み方は、同じ畑で摘んだ葉でも、摘んだタイミングやその日の気温・湿度などによってある程度調整する必要があります。お茶の葉は揉んでいるうちに感触が変わっていきますので、時計などを見ずにただ茶葉の状態だけで判断して次の工程に進みます。本当に繊細な感覚を必要とする作業ですね。個人的に最も難しいと思ったのは、『こくり』という最後のステップです。やり過ぎるとお茶の葉にダメージを与え、外観も香味も落ちてしまいます。逆に揉み方が足りないと、茶葉の水分を揉みきれずに劣化につながりますので、判断するのが難しいです。手揉み茶の技術を学んだ際は、マニュアル通りに何かを行うのではなく、状況に合わせて物作りに取り組むクラフトマンシップの大切さを身をもって実感しました」

職人のクラフトマンシップが息づく「手揉み茶」を急須に入れて湯を注ぐと、茶葉が開いた時、茶畑で摘んだばかりの姿に戻っていることに気が付く。大きく開いた葉の姿を楽しみながらお茶を味わうと、自ずと日常生活の慌ただしさを忘れ、ゆったりとした気持ちになる。

「インターネットと繋がっている日常から離れ、ふくよかな旨みの煎茶をいただくと、気分をリセットすることができますよね。それに日本茶は味や香りだけでなく、淹れ方もユニーク。急須に茶葉を入れて湯を注ぎ、湯呑みに注いで味わう時間をもつと、ストレスをシャットアウトして精神を整えることができます。私にとって、日本茶とは“美味しさ”を超えた価値をもつ嗜好品。美味しさだけでなく、茶器を使ってお茶を淹れて味わう豊かな時間も世界に広めたいのです」

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お茶は必ず時間を計って淹れるというブレケルさん。グランドーセイコーのエボリューション9 コレクションの「SLGH005」が通称「白樺」と呼ばれるのは、ダイヤルの型打ち模様がグランドセイコースタジオ 雫石と同じく岩手県にある平庭高原の白樺林をモチーフにしているため。「白樺の美林をイメージしたダイヤルを見ると、自ずと美しい自然を想像します。それは一杯のお茶を飲んだ時に、お茶の香りから美しい緑色の茶園を思い出すのと同じような感覚です。時間に追われることなく、逆にその流れに喜びを感じて思わず微笑んでしまいます」

ブレケルさんにとって、日本茶の魅力を発信することは仕事を超えたライフワーク。自身のブランド「SENCHAISM」では、品種の個性を打ち出したシングルオリジンの日本茶を扱っている。従来の煎茶には通常、複数の品種がブレンドされているが、ブレケルさんがあえてシングルオリジンの煎茶だけ扱っているのは多様性に富んだ味わいを紹介するためだという。

「味のお好みは十人十色ですので、たくさんの種類を紹介したほうが、より多くの方々が自分好みの日本茶と出合いやすくなるはずです。まだあまり知られていませんが、日本茶の品種の中には桜餅のような香りがする品種もあれば、花を思わせる香りの品種もあります。そういうシングルオリジンのお茶を初めて飲み比べた方は必ず驚きます」

日本茶の品種といえば「やぶきた」が有名だが、昨今は他にも続々と新しい品種が登場している。たとえばブレケルさんお薦めの「香駿(こうしゅん)」は、フローラルな香りと、シナモンを思わせる甘い後味が特徴的な品種である。

品種の個性を引き出すクラフトマンシップ

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ブレケル・オスカル

1985年、スウェーデン生まれ。18歳で日本茶に魅了され、日本茶の専門家を志す。ルンド大学日本語学科を経て岐阜大学に留学。卒業後、2013年に日本の企業に就職し、サラリーマン生活を送る傍ら2014年に「日本茶インストラクター」の資格を取得。2015年から静岡農林技術研究所茶業研究センターの研修生として過ごし、翌年には外国人初の「日本茶手揉み教師補」の資格を取得。同年に日本茶輸出促進協議会に就職し、世界緑茶協会「CHAllenge」賞受賞。2020年日本茶ブランド「SENCHAISM」設立。国内外での日本茶講習会やセミナーを通じ、日本茶の普及を目指す。著書に『僕が恋した日本茶のこと』『ゼロからわかる!日本茶の楽しみ方』。

「SENCHAISM」のミッションは、日本茶のポテンシャルを最大限に引き出したものを探して届けること。そのためにブレケルさんは、彼自身が全国の茶産地を訪ねてよいと思った茶葉を農家から仕入れ、その茶葉の仕上げを自身が信頼をおく茶問屋で行っている。

「日本茶は、茶葉を栽培する農家と茶葉を仕上げる茶問屋のチームワークでつくられています。『SENCHAISM』のチームがシングルオリジンのお茶のポテンシャルを引き出すために大切にしているのは、品種の味と香りを生かすこと。そのため、茶葉を蒸す工程はなるべく短くし、香りが失われないようにしています。そしてせっかくの個性豊かなお茶が劣化しないように、仕上げの際に茶問屋に程よく火入れをしていただくのもとても大事なことです。程よい加減に蒸したり火入れしたりするのに必要なのは、職人の勘とクラフトマンシップ。お茶は淹れることで初めて飲み物として完成しますので、日本茶インストラクターとしてもクラフトマンシップを大切にしたいものです」

「SENCHAISM」のシングルオリジンの日本茶は、どれも品種の特徴が生かされて個性豊か。ブレケルさんの情熱が生み出した日本茶は、いま国内外に発信され、新鮮な驚きとともに迎えられている。

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