明日のメイドインジャパン vol.3

エネルギーに満ちた生音(なまおと)は、最高の音響空間から生まれる
—— 水野蒼生(指揮者、クラシカルDJ)

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世の東西、人間の営みに大きな違いはないが、気候や風土、宗教観などの違いによって、多様な文化が醸成されてきた。西洋文化の代表であるクラシック音楽の指揮者であり、クラシカルDJとしても活動する水野蒼生さんが、クラシック音楽界で受け継がれる伝統的な技術や、日本の中にあるクラフトマンシップについて語る。

Photos: 小林久井 Hisai Kobayashi Words: 篠田哲生 Tetsuo Shinoda

受け継がれるものには大きな力がある

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水野さんが腕に着ける「SLGH005」は、「エボリューション9 スタイル」という新しいデザインコンセプトでつくられた。グランドセイコーの製造地がある岩手県、その北部に広がる平庭高原の美しい白樺林をイメージしたダイヤルデザインも特徴。新型メカニカルムーブメントのCal.9SA5を搭載。

一般的にクラシックとは、古典派から近代、現代に至る純音楽の総称として用いられており、16世紀から20世紀にかけての音楽とされている。しかし指揮者の水野蒼生さんは、こういった音楽を“古典”と括ることに疑問があるという。

「クラシックとはいいますが、それこそ現代の人々が慣れ親しんでいるポップミュージックと基本的に同じものだと思っています。クラシックと呼ばれる音楽が生まれた16~20世紀の社会と比べれば、文化も技術も少しずつ変わってきていますが、歌いたい、表現したいという人間の感情は変わりません。歌詞のある作品ではその内容も、人と人とのつながりや自分が感じていることなど、普遍的なことですから」

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指揮者の仕事道具である指揮棒だが、意外にも水野さんには特別なこだわりはなく、いま使っているのは友人からもらったもの。重心が手元のほうにあるため、手に馴染みやすく振りやすいそう。

数百年も受け継がれている音楽にはとてもパワーがある、とも考える。

「現代の自分たちにも届いているということは、どの時代にも通用するサウンドだということ。そして何よりも壮大な音楽です。僕は指揮者ですので、オーケストラに限定して話を進めますが、そもそも一つの曲を、50人、100人という人数で一緒に演奏すること自体が特別なこと。そして大勢の人が集まることで、個々のエネルギーが集約されていく。そこがオーケストラに惹かれた一番の理由ですね。指揮者の仕事は、その巨大なエネルギーをどう逃がしていくか。演奏者は十人十色ですから、それを僕というフィルターを通して方向性を一本にまとめ、よりダイレクトなメッセージにする。それが指揮者という仕事の醍醐味だと思います」

音楽の魅力を伝えるためのクラフトマンシップ

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写真:Shutterstock/アフロ
水野さんが未来に残したい日本のクラフトマンシップとして挙げたサントリーホールの設計には、巨匠指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンが関わった。生音の価値を知っている演奏家や指揮者にとっては、自分が理想とする響きを奏でるコンサートホールをつくることは、究極の夢ともいえるのだ。

クラシック音楽とDJを組み合わせた「クラシカルDJ」としても活動し、新しい表現や楽しみ方を模索する水野さんだが、やはりコンサートホールで聴く生音のエネルギーには敵わないそう。

「クラシック音楽の楽しみ方は色々ありますが、やっぱり生音で聴く体験に勝るものはありません。ジャズやロックなどほとんどの音楽はスピーカーを通して音を聴きますが、クラシック音楽には“生音至上主義”みたいなところがある。楽器が震え、その振動を直接体で感じて感動するという文化は、これからもずっと残ってほしいですね。だからクラシック音楽ではコンサートホールも一つの楽器と捉えており、生演奏においては最も大事なものかもしれません。日本には、世界の演奏家が憧れるサントリーホールがあります。その音響空間を維持するための技術やクラフトマンシップは、とても重要だと思います」

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写真:AP/アフロ
プッチーニ「ラ・ボエーム」の抒情的な曲(アリア)は、特に指揮者の技術が問われる。オペラ歌手の歌声は一つの楽器であり、その能力を引き出すのも指揮者の大切な役割となる。

では、指揮者として受け継がれる技術というものはあるのだろうか?

「継承される指揮の技術として、特に印象的なのはオペラの指揮ですね。イタリアオペラの巨匠であるヴェルディやプッチーニの作品には、ここはこう振らなくてはいけないという、楽譜には書かれていない伝統的な技術がたくさんあります。しかもオペラは、演奏の他に生歌が加わる。そこには歌い手の感情も乗っかってくるので、ここで一拍ためる……というような楽譜には書かれていない指揮を求められるのです。しかもそういった歌い手の感情が、物語の重要なキーポイントになっている。楽譜に書いていないことでも、何百年も前から脈々と受け継がれる理由がある。僕の場合はそれをザルツブルグに行って師匠から多くを学んだのですが、これも一つのクラフトマンシップではないでしょうか。そしてその一方で、仮に作曲家が現代の音響技術をもっていたらこういう作品になるんじゃないか? と妄想しながら新しいクラシック音楽をつくる。それも僕にとっては大切なことだと思っています」

凜とした気持ちになる腕時計

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水野蒼生
1994年生まれ。ザルツブルク・モーツァルテウム大学オーケストラ指揮および合唱指揮専攻を首席で卒業。2015年夏にザルツブルク州立歌劇場の音楽監督エイドリアン・ケリーのアシスタントを務め、バートライヒェンハル管弦楽団などのプロオーケストラを指揮する。18年にクラシカルDJとして名門レーベルのドイツ・グラモフォンからクラシック音楽界史上初のクラシック・ミックスアルバム「MILLENNIALS-We Will Classic You-」をリリースしてメジャーデビューを果たす。

「留学時のことですが、オーストリアやドイツの古典音楽にこれだけの知識と熱量を注いでいるのに、なぜ日本の伝統芸能を知らないのかと、悔しさや恥ずかしさを覚えました。そこで帰国した際には、幼少期から好きだった神社仏閣に加えて、能や歌舞伎の公演にも足を運ぶようにしました。また、大学ではドイツ人の先生に日本の弓道を学びました。そこで学んだのは音楽家にとって、メンタルがとても重要であるということでした。だからでしょうか、日本の伝統や技術が詰まったグランドセイコーの腕時計を着けると、凜とした気分になります。指揮台に上がる時に慣れ親しんだものがそばにあると安心できますし、いいところにメンタルをもってくるスイッチになりそうです」

日本を離れたことで気が付いた日本文化の心坐る感覚が、若き音楽家のこれからの指針になる。

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