明日のメイドインジャパン vol.16

伝統的な技術を現代に活かす、大きな視点を求めて
—— 森山未來(俳優、ダンサー)

森山未來(俳優、ダンサー)

俳優として活躍を続ける一方、幼少期より親しんだダンスの世界でも際立つ存在感を放つ森山未來さん。アートやものづくりにも造詣が深い彼が、クラフトマンシップというテーマに対して名前を挙げたのが、一人の茅葺き職人だった。その視線が捉えたものを確かめるため、ともに神戸を訪ねた。

Photos: 清水将之(mili) Masayuki Shimizu
Words: 倉持佑次 Yuji Kuramochi

今の時代に応用できる茅葺きの魅力

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相良さんが代表を務める株式会社くさかんむりの倉庫兼アトリエにて。この場所には数種類の茅が保管されているほか、相良さんが制作活動を行うスペースも。これまで相良さんが手がけた茅葺き建築を目にしてきた森山さんも、この場所を訪れるのは初めて。久しぶりの再会に会話が弾む。

森山未來さんはとてもフラットな人だ。鬼気迫る演技に驚かされることもあれば、独創的なダンスパフォーマンスに呼吸すら忘れて見入ってしまうこともある。しかしそれらは、あくまで表現者としての森山未來の姿であって、舞台の外ではごく自然体で、自由でいることを大切にしているように思う。昨年は、アーティストが滞在しながら創作活動を行う「アーティスト・イン・レジデンス神戸」の設立に参画。多様性あふれる地元・神戸の魅力を発信することにも尽力する。

そんな中、神戸でのリサーチで出会ったのが、茅葺き職人の相良育弥さんだった。神戸市北区淡河町を拠点にする相良さんは、茅葺き屋根の葺き替えや補修などに携わる一方、茅葺きの魅力を多くの人に知ってもらうため、ワークショップを開いたり、茅を使ったアート作品をSNSで発信したりと、職人という肩書きに捉われず、さまざまな新しいアクションを続けている。

「まずは茅について知ってもらう機会を増やすことが大事だと思うんです。茅葺き屋根の修復というのは仕事の根幹としてあるんですが、“茅葺き屋根職人”という言葉ではもう自分のやっていることが収まらなくなっています。肩書きをつけるとしたら『茅』とか『草』、究極『自然』くらいでいい(笑)」と相良さん。伝統的な茅葺きの技法を活かし、現代に応用する取り組みを進める相良さんの活動を知り、森山さんも茅葺きにぐっと関心をもつようになっていったのだという。

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茅を手に取り、自然が生み出す質感を確かめる森山さん。その手首には、「THE NATURE OF TIME」のフィロソフィーを掲げるグランドセイコーの「SLGH005」が光る。製造地である岩手県の白樺林の情景が再現されたダイヤルに、森山さんも興味津々。

そもそも茅とは、ススキや葦などの屋根に使うことのできる植物の総称。1年で生え変わる植物であるため再生産性が高く、安心して土に還せるという点でもサステイナブルな素材と言える。それらの植物を使い手作業で仕上げる茅葺き屋根は、通気性や断熱性に優れ、環境にも優しい点が特徴だ。しかし、日本では1950年に建築基準法で燃えやすい素材だとされ、市街地での茅葺き屋根の家の新築が禁止された。数十年おきに発生する葺き替えの費用もネックとなり、茅葺き屋根は減少の一途を辿っている。そんな現状に憂いを抱いた相良さんは、住宅の屋根だけに留まらず店舗や公共の建築物などに新たな可能性を見出している。

「茅葺き屋根は古代から続く伝統的なものとして存在していて、それを保存するための職人がたくさんいる。いくちゃん(※森山さんは相良さんをこう呼ぶ)も同じく葺替えや補修の活動をしているけど、それを伝統的なものに留めていくだけでなく、活きたものにしようと活動しているところが魅力的。加えて、里山で生きてきた人間と自然との関係値から生まれた建築様式を考えた時に、茅葺きという循環のシステムが、今という時代に生きる我々にとって重要なヒントになっている部分もある。そんな茅葺きがもっている特性そのものと、いくちゃんのアクションに惹かれているんだと思います」

技術の先にある感性をどう届けるか

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茅葺きの魅力を広く伝えるため、相良さんはアート作品の制作も行う。写真の作品は、スイスに住む日本人客からのオーダーを受けてつくったもの。伝統的な茅葺き技法を活かし、鉄のフレームの中に埋め込んだ稲藁をハサミで刈り込むことで、大地を切り取ったような奥行きのある作品に仕上げた。

森山さんにとって、「クラフトマンシップ」を体現しているのが相良さんの活動ということだが、その言葉から連想するイメージはどのようなものなのだろうか。自身と関わりの強いアートを引き合いに出しながら、こう話す。

「クラフトマンシップというと『職人技術』と翻訳されることになると思いますが、その点においては日本はずば抜けていると思います。一方、日本には『現代アート』や『パフォーミングアーツ』などいろいろなアートという言葉が入ってきている昨今ですが、そこと職人技術という言葉がぶつかってしまう側面があるとも感じています。もちろん、精巧さや美しさを求めて磨かれる職人技術の高さは素晴らしいのですが、例えば問題を提起していく力だとか、物や社会、人間関係に対して問いかける、ある種、抽象性が高いとも言える作品もアートにはたくさんある中で、日本文化の根幹をなす職人文化に対するリスペクトからくるその視点は、時にそれらの魅力を気づきにくくしているところがあるように思います。

職人技術に対しては何も疑問をもたないし、僕自身が身体を使って表現するという意味でも技術を構築していくことから始まっているのでその重要性はわかっているのですが、技術というものの先にある感性みたいなものをどう届けていくかが、日本においては重要だと思います」

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兵庫県は農村歌舞伎が盛んなエリア。1970年に兵庫県指定重要有形民俗文化財に指定された北僧尾農村歌舞伎舞台は、茅葺き屋根を葺き替えながら現代へとその姿を残す。

ひと通り相良さんの仕事場を見学した後、2人はクルマで10分ほど移動したところに立つ「北僧尾農村歌舞伎舞台(きたそうおのうそんかぶきぶたい)」へ。ここは安政6(1777)年の墨書が鏡柱に残る、現存する最も古い農村歌舞伎の舞台で、兵庫県の重要有形民俗文化財に指定されている建物だ。この茅葺き屋根も相良さんが修繕を手がけている。

過去にもこの場所に来ているという森山さんは、舞台に設けられた「バッタリ」と呼ばれる横板を慣れた手つきで手前に倒し、居心地がよさそうにあぐらをかいた。「単純に、茅葺きのある風景が美しいよね」と舞台上で語り合う2人の姿を見ていると、250年近く前の建物が生き生きとしているように感じられた。

自然と関わりながら暮らすということ

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森山未來
1984年、兵庫県生まれ。5歳からさまざまなジャンルのダンスを学び、15歳で本格的に舞台デビュー。 2013年には文化庁文化交流使として、イスラエルに1年間滞在、Inbal Pinto&Avshalom Pollak Dance Companyを拠点にヨーロッパ諸国にて活動。「関係値から立ち上がる身体的表現」を求めて、領域横断的に国内外で活動を展開している。また俳優として、これまでに日本の映画賞を多数受賞。第10回日本ダンスフォーラム賞受賞。21年3月11日には京都・清水寺でのパフォーマンス「Re:Incarnation」の総合演出を務め、7月には東京2020オリンピック開会式でパフォーマンスを行う。22年4月、神戸市中央区北野でのArtist in Residence KOBE(AiRK)の立ち上げに参画。10月にはパフォーマンス公演「FORMULA」で構成・演出・振付・出演を務める。23年2月に神戸市内で開催されたアーティスト・イン・レジデンスにまつわるアートイベント「KOBE Re: Public ART PROJECT」ではキュレーターを務める。ポスト舞踏派。

「今日あらためて感じたのは、僕は茅というものが自然と対話をするところから始まっているのが好きなんだということ。基本的に人間は自然と関わりながら暮らしてきたし、里山文化は今でも日本にはある。そうやって自然とバランスをとりながら生きてきて、ある時に茅が屋根になり、葺き替えられて堆肥になり、土に還って、またそれが僕らの食べ物になったり、新しい茅に繋がっている。この一連の流れすべてを茅だと捉えているのが、大事な視点です。資本主義に限界が見えてきている現状だからこそ茅の存在が光ってくることは皮肉でもあるけれど、すでにヒントは伝統的なものの中にあって、それを今に置き換えれば自ずと答えは出てくるのだと思います」

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