Artist 鴻池朋子

鴻池朋子が描く、
時の大きな流れの先に

近年、全国で大規模な個展を立て続けにおこなってきた鴻池朋子。
自然の野生の声に耳をすまし、五感に訴える空間を生み出す彼女の前には、どんな表現の前途が開けているのだろう。

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制作しているときの時間について聞くと、意外な答えが返ってきた。

森の中を歩いていたり、制作に熱中しているときに時間がなくなる感覚があります。時間がないところに行くために、ものづくりをしているのかもしれません。

グランドセイコーを手にした鴻池。
身に着けていたものこその重みを感じるという。

大事なものを受け継ぐときには、ものより先に自分がいなくなるから、もので未来へバトンタッチし、つないでいくしかない。いい腕時計とはそういうものなんだなと実感します。そして、秒針が動いていたり、機能的であるということが、動物にちょっと近いというか、動いているものって楽しいなって。

ただ、腕時計は大事に受け継いでいくものだからこそ、
その感覚を簡単には言葉にしたくない。

ものと一緒に暮らしていく、その感覚が言葉になるまでには何年もかかると思うんです。体の一部としてなんてことなく毎日一緒にいて、ある日その大切さに気づくというものかもしれないですね。

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ウィークデイは郊外のアトリエで仕事をして、週末に東京の家に帰るという生活を長らく続けている。そして、夜のアトリエでは自分だけの時間が訪れるという。

アトリエには、15分くらいかけて、森の木の匂いをかぎながら自転車を漕いでやってくるんです。アトリエでは、昼間はスタッフとのやりとりや打合せなどが多く、直接的な制作の時間はあまり取れない。夜に一人になってから、スケッチをするなど、ようやく自分の時間になります。

大切にしているのは、制作に向き合えるアトリエでの夜の時間。

初秋のアトリエの周りは、夕方にはもう真っ暗になるんです。すると、夜にしか鳴かないツグミがピーピーって鳴いたり、ヨタカがキョキョキョキョと鳴いたりしていて。そうすると、もう真夜中みたいな心持ちになってきて、すっと気持ちがはいっていける。長い夜があるこの場所が好きですね。

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寝て起きて自転車でアトリエに行き、
外の景色を見てというすべてが創作のインスピレーションになる。
創作と生活の時間が地続きでつながっている。

私はルーティンと呼べるようなものがなくて、その日の天候や空気の匂いを嗅ぎ分け、仕事が始まります。穏やかな時間に出会うと幸せだなって思います。それは、いただいた本や絵本を読みながら自分の言葉の世界が広がったり、他の人の言葉にふれているとき。

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アーティストとして発表を始めて、20年あまり。
そのあいだの2011年に東日本大震災を経験したことが、制作においての転機となった。

当時は、体の奥に潜んでいたものが勝手に湧き出すような感覚に戸惑いました。いままでの絵の画材では、身体が固くなって反応しない。身体が面白がっていないんだと意識できてから、粘土をさわったり、動物の皮をさわったり。自分が遊べるものに出会うために、人や人以外のものとの関係やライフスタイル、制作のすべてが変わらざるを得なかった。そのとき、唯一つながっていると思えたものが、動物や植物といった人間以外の自然だったんです。

その後、出身地・秋田での展覧会の準備の際、若者が秋田弁を話したときに、その語りと音に引き込まれた。それから、現代版おとぎ話のようなプロジェクト《物語るテーブルランナー》がその一歩を踏み出すことになる。

子どもの頃に時間が戻ったように長らく忘れていた秋田の言葉と再会しました。《物語るテーブルランナー》は、その言葉を画材として、出会った人から聞いた話をもとに私が下図を描いて、それを話者が手芸で裁縫していく。みんなでテーブルを囲んでおしゃべりしている制作過程で、個々人の編集できない時間が織り込まれていくんです。

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毎年のように続く美術館での展覧会や作品集などの成果も、
ものづくりの大きな時間の流れの句読点のようなもの。

見えるものはかたちに残っていくけれど、それで完成ではなく、生きていれば気持ちも変わっていくし自然なこと。手でつくって、ものと対話していくのは、なかなか思うようにならないことも多い。すぐに言葉には置き換えられないけれど、大事に長い時間をかけて自分の言葉にしていきたい。

来年には高松の美術館を皮切りに、全国へ展覧会が続いていく。

同じパッケージの個展がまわる巡回展ではなく、その土地その土地でできることがつながりバトンタッチしていく、「リレー展」という形式。途中、公民館でやりたいという人がいれば、たとえ四畳半のスペースでも、いまここに生きている人と対話し、いくらでもその場にアジャストしていけるようなかたちが生まれると思う。長い時間をともにイメージして、美術館にかぎらずいろんな場所を募集しています。

未来のクリエイティブの姿は、翻訳者のような他者の言葉を次のひとに伝達していく
媒体のような役目のひとかもしれない。

作家という個人の表現が作品をつくっていく時代が、変わろうとしている予感があります。粛々とした生活のなかの趣味や好きなことの延長に、その人なりのものづくりがあればいいなと、役目としてのアーティストと無防備な子どもとの瀬戸際を往還しながら、自分の足元から手探りで進んでいけたらと思っています。

そしてまた、創作に向き合う、夜の時間が訪れる。

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©Tomoko Konoike
《物語るテーブルランナー》 2014-2019

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©Tomoko Konoike
《円形襖絵 滑り台》 2020 アーティゾン美術館展示風景

Interview

Text: 岩渕貞哉 Teiya Iwabuchi
Photos: 小野真太郎 Shintaro Ono
Producer:湛野麻衣子 Maiko Tanno

Movie

Producer:秋山直樹 Naoki Akiyama
Production Manager:國谷陽介 Yosuke Kunitani
Director :松川正人 Masato Matsukawa
Camera:磯部義也 Yoshiya Isobe
Light:岩本洋三 Yozo Iwamoto
Stylist:関敏明 Toshiaki Seki
Hair Make-up:斉藤直子 Naoko Saito
Colorist:内藤亜莉紗 Arisa Naito
Online Edit :國分秀樹 Hideki Kokubun(PTHREE)
Production:原宿サン・アド Harajuku Sun-Ad

Artist 鴻池朋子(こうのいけ・ともこ)

アーティスト。絵画、映像、手芸、パフォーマンスなど、様々なメディアを用いて人間と自然の境界、現代の神話を表現する。地形や気候なども巻き込む壮大な展示も行い、芸術の根源的な問い直しを試みている。2017年個展「根源的暴力」(群馬県立近代美術館)にて芸術選奨文部科学大臣賞、2020年個展「FLIPちゅうがえり」(アーティゾン美術館)にて毎日芸術賞受賞。2022年夏より高松市美術館を皮切りに、静岡県立美術館へと巡回展を開催。

STGF279

STGF349 [Grand Seiko Elegance Collection]

自然が生み出すカーブフォルムから着想を得たデザインが、女性の腕に優しくフィットするクオーツモデル。ガラスサイドの大きなアーチに配されたダイヤモンドは、あらゆる角度の光を取り込み、流れるような美しい輝きを放つ。また日本の伝統色であり、平安時代から女性に人気の藤色をさらに淡くした「淡藤色」のダイヤルが、 “優しさ”と“輝き”を兼ね備えた現代女性をより一層麗美に演出する。
ステンレススチールケース、ケース径27.4mm、クオーツ