GS Grand Seiko

PRODUCT STORY 1そのムーブメントは、
「革新」というDNAでできている。

セイコーエプソンの時計技術者、高橋理(左)と小池邦夫(右)。高橋は研究段階からスプリングドライブの開発に取り組み、のちに小池を迎えたチームで完成に導く。

もしもあなたが腕時計に興味関心をお持ちならば「スプリングドライブ」という名前を聞いたことがあるだろう。この腕時計のムーブメントは文字通りぜんまい(スプリング)で駆動(ドライブ)する。そこまではいわゆる機械式腕時計と同じだが、異なるのは調速機に水晶振動子を使うこと。この独創的な機構が「グランドセイコー」に搭載されたのは2004年のことだが、まずその前史を確認しておきたい。

1970年代後半、「ツインクオーツ」という高精度ムーブメントの原理を考案し、その製品化に携わった時計技術者がいた。諏訪精工舎(現・セイコーエプソン)、赤羽好和。2つの音叉型水晶振動子を内蔵し、その周波数の差から、温度変化による精度の誤差を検知し補正する仕組みで年差ムーブメントを誕生させた。同時に彼は、のちにスプリングドライブと呼ばれる機械式水晶時計を発想していた。ぜんまいで駆動しクオーツの精度をもつ腕時計を夢見た時計師は、当時他にもいたかもしれない。だが、20世紀が終わるまでにその発想を具現化できたのは、赤羽とその意思を継承した技術者だけだった。

世界で初めてスプリングドライブ機構の腕時計の開発に成功し、その技術を発表したのは98年3月。そして翌年、製品化され発売となる。その一連の開発を指揮したのは高橋理だった。高橋は入社した頃から「ぜんまいを動力源とした、電子制御機械時計の開発」という82年に赤羽が出願(その後権利化)した特許を、そしてその研究や試作が行われたことも知ってはいた。しかしまさか自分がその開発を託されるとは考えてもいなかった。大学院で流体工学を専攻した高橋は、シリコンオイルの粘性とひげぜんまいを利用して秒針がなめらかに回転する独自のスイープ運針機構を開発するなどの実績をもつ時計技術者だったが、彼をもってしても当時の技術での試作は駆動時間があまりにも短く、93年に始まったその作業は、いわば未知の高峰の登攀ルートを探索する途中で一旦終了した。しかし公式には幕を閉じたはずの研究は、水面下では続いていたのだった。

1997年に完成した試作機。円形の金属ケースは動力ぜんまいを収める香箱。発電機の一部であるコイルが見えるが、スプリングドライブには電池とモーターはない。

スプリングドライブでは、巻き上げられたぜんまいがほどける力は、大きく分けて「動力」と「制御」に使われる。まずは針を動かすための歯車を回転させ、さらに電磁誘導という方法で物理的な力を電気エネルギーに変換し、その電力で水晶振動子が組み込まれた回路を駆動させる。そこから正確な時のリズムを生成し、それに合わせて電磁力で針の回転速度を制御するという精妙な仕組みだ。その技術的な課題は多岐にわたったが、97年、再び開発に正式なゴーサインが出る。その書類に判を押したのは考案者であり当時の事業部長であった赤羽だった。

その時に開発チームに加わった回路設計担当の小池邦夫は、「高精度な時計をつくりたい」という想いからセイコーエプソンに入社した技術者だった。「初代のスプリングドライブの開発がいちばん印象深い仕事だった」と言うが、当時の社内には低パワー技術、超小型発電機などの技術的蓄積があったものの、それだけでは歯が立たなかった。チームを率いる高橋は、ふらりと小池の席までやって来ては、「こうしたらどうか、ああしたらどうなるか」と毎晩のように技術論を戦わせたという。高橋はチームが直面している困難を具体的に理解するため、専門外の電気技術をも学び直していた。その副産物として、水晶を組み込んだ回路を微弱な電力で安定して作動させるための電圧増倍回路を「発明」してしまう。のちにそれは80年前に既に発明され原子力研究などに使われている回路だと判明し、高橋の「功績」は幻に終わるが、その回路はスプリングドライブの正確な作動を支えることになったのである。