GS Grand Seiko

PRODUCT STORY 1“贅沢な仕事”が生む、
心が浮き立つ腕時計。

「メカニズム」が大好きな青年がいた。クルマにもバイクにも興味があったが、人が身につける唯一の機械は腕時計だ。その腕時計をつくりたくて、セイコーエプソンに入社した。1993年のことだった。翌年、ある新機構の試作品を目にして一目惚れしてしまう。ぜんまいで動く機械式水晶時計だった。

後にスプリングドライブと呼ばれるその機構の開発は公式には中断されてしまうが、彼は先輩技術者と研究を続けた。1997年に改めてプロジェクトが開始されるとチームに参加し、初代ムーブメントの誕生に立ち会うことになる。

その時計技術者の名は茂木正俊。入社して数年の期間を除いて、一貫してスプリングドライブに取り組んできた。彼が所属する「マイクロアーティスト工房」に、スプリングドライブを搭載したグランドセイコーをつくる話が持ち込まれたのは2013年。「実用性能を重んじるグランドセイコーにふさわしい高精度ムーブメントのスプリングドライブ。その本質を極めてみようと思いました」と茂木は言う。「腕時計の精度は、使い続けてある瞬間にふと気づくものです。ということは動き続ける時間は長いほうがいい」。グランドセイコー専用のスプリングドライブ、キャリバー9Rは72時間(3日間)駆動を達成していたが、それをもっと長くするというのだ。

セイコーエプソンのマイクロアーティスト工房に所属する茂木正俊。開発設計者としてのキャリアのほとんどすべてを、スプリングドライブとともに歩んできた。

現代人の生活は1週間単位。そこに1日分をプラスして、8日間動き続けるグランドセイコー。動力ぜんまいを収める「香箱」を3つ、ムーブメントに組み込めば可能だ。茂木は設計に取りかかると同時に、各部門のエキスパートたちに声をかける。たとえば設計案を「現代の名工」中田克美に見てもらう。すると中田の頭の中ではその平面図は直ちに立体に変換され「この胴付き(歯車の軸の付け根)を1/100㎜太くすると組み立てやすくなる」など貴重なアドバイスが次々に出てくるのだ。

3つの香箱(バレル)を内蔵し、8日間動き続ければすでに稀有なムーブメントといえるが、茂木たちはそれで満足しようとはしなかった。この特別な機構を組み込むムーブメントそのものの造形美と、それを搭載する腕時計にふさわしい品と格を創造しようと考えたのだ。

キャリバー9R65では輪列で北アルプスの山々を表現したが、この9R01では信州の高原から望む富士と諏訪の夜景をイメージした。高みを目指す思いを込め富士山を受け部品で、水を貯える力をもつ諏訪湖をパワーリザーブで、人の営みとなる夜景をルビーやねじのきらめきで表現した。

完成したキャリバー9R01ムーブメントを眺めると、まず1枚の大きな「受け」が目に入る。地板とともに部品を支える役割を担うこの受けは、キャリバー9R01の目印ともいえる。美しく刻まれた筋目は熟練した時計師の手作業によるものだ。シンプルであるのに、匠の技が惜しみなく注ぎ込まれたディテールに眼を奪われる。8日間パワーリザーブの表示もここにある。これは、この腕時計の持ち主だけが楽しむことができる、もうひとつの「顔」なのだ。

ケースのデザインはもちろんセイコースタイルに基づいているが、「プラチナ950」という素材が用いられた。95%のプラチナに他の素材を5%加えることで、プラチナ特有の美しさを損なわず硬度を高めている。そしてこのプラチナを超鏡面仕上げするために、従来のザラツ研磨とは異なる新しい仕上げも開発された。プラチナはステンレスより柔らかいが、その研磨にはケースの面形状によってはステンレスの10倍ほどの時間が必要になるという。

信州の時計づくりのさまざまなプロフェッショナルたちが思う存分腕を振るう贅沢な仕事が、このグランドセイコーをつくっている。「たとえば雑誌に高性能で贅沢なクルマが載っていると、たとえ買えなくても心が浮き立つ。そういう腕時計があってもいいし、それを日本でつくってもいいのではないかと思いました。もちろんいつか手に入れられれば、それがいちばんいいのですが」と茂木は言った。